がっちの航海日誌

日々の些細な出来事を、無理やり掘り下げます。

感謝のガラケー、背信のスマホ

「ドキュメント 目撃!ニッポンの闇 episode3(最終回)」

少数の人々を排除しようとする非情な現代社会。

その象徴として、我々はスマホ難民」の存在にスポットを当て、一人の男性の苦悩に満ちた日々を2回に渡って取材してきた。2回目はただのグルメリポートじゃないか、という批判もあったが、あれはあれで取材対象者の複雑な胸の内を知ることができたのではないかと思う。

そして今回、3回目の放送で、このシリーズも遂に最終章を迎えることとなった。

前2回の放送を見逃した方はこちらをどうぞ。

 

大阪府在住の会社員ガッチさん(仮名)47歳。

今日は彼が紆余曲折を経て遂にスマホデビュー」を果たすという歴史的な場面に立ち会えることになった。

いや、しかし一筋縄ではいかぬ彼のことだ。結局4G対応のガラケーへの機種変更という過激な行動に出ないとも限らない。最後まで油断はできないが、我々は彼の決意が本物であることを信じて、待ち合わせ場所である大阪駅前第4ビルへと向かった。

ここの1階にあるauショップでスマホへの機種変更をするのだという。

結局マイネオには無料交換機種が無かったらしく、断念したらしい。どうも「無料」という部分に固執しているようだ。

令和になった今も昭和臭が色濃く残る、大阪駅前ビル。時代に取り残された男が未来へ向け羽ばたこうという時にこれ以上の相応しい舞台はないだろう。

合流した時のガッチさんは、いつものように虚ろな表情をしていた。スマホのカタログを見ていた時のような目力は完全に失われていた。我々はそれを見て少し不安になったが、さっそく密着取材を開始した。

「僕、携帯電話のショップが凄く苦手なんだよ。店員さんが妙に上から目線だし、マニュアル通りのことばかり言ってくるし、料金プランの説明も意味がわからない。今日も対応次第では機種変更しないよ。」

いや、それだけは勘弁してくれ、番組が終わらないじゃないか、と思いつつ我々もショップの中へ同行した。

ガッチさんには男性の店員さんが対応した。私も携帯ショップの店員さんは苦手なのだが、この店員さんはなかなか好印象であった。言葉使いもナチュラルだし、やたらとオプションを押し付けようともしない。説明すべきところはしっかりと説明をし、それ以上の不要なことは言わない。そして彼のこの一言で、ガッチさんのスマホへの機種変更は揺るぎないものとなった。

それはガッチさんが今使っているガラケーを机の上に出した時だった。

「すごい大事に、長年使っていただいていたんですね。」

この時、ガッチさんの緊張気味の表情が一気に緩み、不良少年が理解者に心を許したような柔らかい表情になった。長年苦楽を共にしてきたガラケーを褒められたことが、ガッチさんの背中を一気に押したようだ。これが店員さんの戦略だったとしたら・・・いや、そんな風には考えないでおこう。

それからはトントン拍子に手続きが進んだ。

ガッチさんが選んだ無料交換機種は、京セラの「BASIO4」という機種だった。

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いわゆる「かんたんスマホというやつだ。

私の母も同じ物を使用しているが、ガッチさんの世代で使っている人はあまり見たことがない。どこまでいっても彼は少数派のようだ。

この後、料金プランを詰めていったのだが、ここからのガッチさんには鬼気迫るものがあった。虚ろだった目は急に渡辺謙のような鋭い目つきになり、提案されるオプションを次々とキャンセルし、最もデータ量の少ない~1GBのプランで押し切った。充電器は会社のスマホ用の物と共用し、ケースや保護フィルムは後でヨドバシカメラで買うという。まさに「コストダウンの鬼」である。

食べ物には惜しげもなくお金を使うが、通信代には使わないぞ!という極めて強い意志が感じられた。

そしていよいよ、電話機交代の時がやって来た。

長年の相棒であったガラケーを渡す時のガッチさんの手は震えていた。ここに来るまで、様々な葛藤があったのだろう。我々はその震える手に、断腸の思いで苦渋の決断を下した1人の英雄の姿を見た。

ガッチさん、スマホデビューおめでとう!

痛みに耐え、よく頑張った!感動した!

しかしスマホを手にするガッチさんの姿は違和感が凄かった。

 

無事に機種変更を終え、我々は外に出た。ガッチさんの表情は疲れ切っていた。

その後、ガッチさんの誘いで夕食を食べに行くことになり、同じ第4ビルの地下にあるお店へと向かった。

f:id:gatthi:20210905174050j:plainひもの野郎 大阪駅前第4ビル本店

auショップからそのまま地下2階に降りた所にある、名前通り魚の干物が食べれる居酒屋だ。本来であれば夜はのんべえで溢れていたのだが、今は緊急事態宣言中でアルコールを出せず、閑散としていた。こういうお店でお酒を出せないのは致命的である。

その分、昼にしか食べれなかった定食が夜でも注文できるようになっている。それでもやはり客の入りは少ない。

「灰干し」という製法で作られた干物が名物らしく、ガッチさんお薦めの定食をいただいた。

f:id:gatthi:20210905182927j:plainさんま灰干し定食

ちなみに「灰干し」とは魚を灰で乾燥させて作る干物で、ガッチさんが言うには非常に柔らかくなるので、頭からしっぽまで残すことなく食べれるらしい。

確かにその通りだった。そして実に美味しかった。この素晴らしい定食が梅田のど真ん中で850円で食べれるなんて、何というありがたい話であろうか。

 

食後、我々は満腹感と心地良い疲労感に浸りながら、しばらくボーっとしていた。

するとガッチさんがポケットからある物を取り出した。それは、

本日、役目を終えたガラケーであった。

f:id:gatthi:20210905183940j:plainそう、ガッチさんはガラケーをその場で処分せず、持ち帰ろうとしていたのだ。

その10年も使っていたとは思えない綺麗な姿に、ガッチさんの愛情が感じられた。

「これから先、彼には今までと変わらず、アラームで朝起こしてもらうんだ。電卓としても、メモ帳としても使えるからね。」

f:id:gatthi:20210905184548j:plainそれはいい!我々は賛同した。急にアラームの音が変わってしまうと目覚めの気分も変わってしまうだろう。ただでさえスマホに変わったことで精神的な負担は大きいはずだから。

その後、我々の前で彼がスマホを外に出すことはなかった。後悔しているのだろうか?

 

これにて、密着取材は終了した。ガラケー愛用者がスマホデビューを果たすには、我々が思っている以上に辛く、痛みが伴うものだと実感した。まだまだこの日本にはガッチさんのような人々は数多くいるのだろう。もっと社会全体が温かい目で彼らを支えていくべきではないだろうか?

 

別れ際、元気のなかったガッチさんが心配になり、数日後に連絡してみた。すると、意外にもアプリのダウンロードを次々とこなしているという返事が返ってきた。そして念願であったバンド仲間とのLINEグループの作成にも成功したらしい。声も元気だ。

良かった。私はホッと胸をなでおろした。

でもやはり不満は色々とあるようだ。

「IDとパスワード、一体何個作ればいいの?」

 

私は別の心配がしてきた。今までの反動で、ガッチさんがスマホ教の信徒になってしまうのではないか?

もうすでに、スマホなしでは生活出来なくなっているのではないか?

それを確認するべく、更に数日後、気づかれないよう通勤時の彼を尾行し、同じ電車に乗って観察していた。

すると乗車後すぐに、彼がポケットから取り出したのは・・・・・

 

ウォークマンであった。

 

恐らくまたヘヴィメタルを聴いているのだろう。以前と変わらず小刻みに縦に揺れている彼の頭の動きを見て、私は安堵の気持ちに包まれた。

ガッチさんは何も変わっていなかった。今日の朝もガラケーに起こしてもらったのだろう。

1GBのデータ量の中で、スマホとも仲良くやって欲しい!

頑張れガッチさん、あなたこそがスマホ難民の星だ!

 

「アカウントって何?」

 

とにかく頑張れ!

 

 

今日の1曲:中島みゆき「ファイト!」