ある日、考古学者ガッチー・ジョーンズは思い悩んでいた。
コロナ禍になってから早1年。この間、レコード発掘調査という彼のライフワークはすっかり滞ってしまっていた。相棒Mr.ノブサップと共に調査へ出かけたのが昨年の夏。もう半年以上、相棒とも会っていない。レコード発掘調査には危険が伴う。いろんな人々が触った中古レコードを上げたり下げたりするのだ。危険すぎる。しかしコロナはまだまだ収束しないだろう。
「もうダメだ。私には生きている理由が見当たらない。」
自暴自棄になりかけたその時、
「ワンワン!」
耳をつんざくような犬の鳴き声が聞こえた。ジョーンズが顔を上げるとそこには、
柴犬の「うめちゃん」が彼に向かって真っ直ぐな視線を向けていた。
・・・って誰!?
紹介しよう。彼女との出会いは大阪城だった。先週のブログでお伝えした果実戦争の最中、大阪城天守閣横にある商業施設「ミライザ」でジョーンズとの運命的な出会いを果たしたのだった。
MIRAIZA OSAKA-JO
もともとは旧日本軍の第四師団司令部の建物だった所をリノベーションし、商業施設として2017年にオープンした。中には様々なショップやお洒落なレストランが軒を連ねており、歴史を感じさせる建物の雰囲気に加えて屋上のレストランからは大阪城の天守閣が間近に見えることもあり、近年大人気の施設となっている。
この施設の1階で彼らは出会った。ジョーンズの目に、こんなものが飛び込んできたのだ。
まあ要するに・・・
ガチャポンだ。
直感で何かを感じ、彼はすぐにお金を投入した。そして渾身の力を込めて、レバーを回した。
ガチャ。ポーン。
出て来たカプセルの中を覗くと、
「あれ?なんか小さいぞ。」
「ええっ!?だ、誰だ君は?」
説明をよく見ると、全9種類中、1つだけが柴犬ではなく、「すずめさん」が出るとのことだった。ある意味レアではあるのだが、彼が会いたかったのは柴犬だ。
しかしそこからの行動が早かった。すぐに追加のコインを投入したのだ。すると、
ガチャ。ポーン。
よし!柴犬だ。説明書によると「うめちゃん」という名前のようだ。梅を見に来た時に「うめちゃん」が出て来た。彼は運命的なものを感じ、「すずめさん」と合わせて新しい家族として迎える決意をしたのだった。
その彼女が今、何かをジョーンズに伝えようとしていた。彼は耳を傾けた。
「あたい、美味しい蕎麦が食べたくてよ。」
それを聞いたジョーンズはハッと我に返った。
「そうだ、何もレコード発掘だけが私の仕事ではない。幻の『食』を探し求めるのも私のすべきことではないか。」
そして彼はある事を思い出した。
「そういえば10年ぐらい前、吹田市の住宅街に『たどり着けない蕎麦屋』があると話題になっていたことがあるな。それを私が発見してやろう。ありがとう、うめちゃん!」
こうしてジョーンズは大阪を代表する考古学者としての誇りを胸に、吹田へ向かうのであった。
大阪府吹田市高野台。1970年に開催されたいわゆる「大阪万博」の時に開発され、「千里ニュータウン」として「憧れの住みたい街」に常に名を連ねてきた高級住宅街だ。豊富な緑に囲まれ、道路も広く、静かな環境で、全国の人が思い浮かべる「大阪」のイメージとは程遠い場所である。この閑静な住宅街の中に、「あき津」という美味しい蕎麦屋さんがあるという噂は聞いていた。だが、完全に住宅街に溶け込んでおり、たどり着けるのは一握りの者だけだ、という噂も聞いていた。それを思い出し、誇り高き考古学者ガッチー・ジョーンズに久々に火がついた。「私にたどり着けぬ所はない。」
とりあえずダメ元で、カーナビに「あき津」と入れてみた。すると、
普通に出て来たのだった。
・・・・・・・
「と、とりあえず向かってみよう。」しかしここからが困難の始まりであった。ナビに従い、高級住宅街の中へ入って行った。とてもじゃないがお店があるような雰囲気ではない。オナラをしただけでも怒られそうな、実に静かな住宅街だ。そしてしばらく走っていると、
「目的地付近です。案内を終了します。」
「何いっ!?何もないじゃないか。勝手に終了するんじゃあない。」周りを見渡しても家が並んでいるだけだ。あまりこんな所をうろうろしていると不審車だと思われてしまう。まあ見方によっては不審者で間違いはないのだが、ジョーンズは焦った。しかしあきらめずによく目を凝らしていると、1件の家の前に1枚の地味な看板を発見した。
「あった!ついに見つけたぞ!」
ほとんどナビに連れてきてもらったくせに、まるで自分だけの力でたどり着いたかのような充実感に打ち震えるガッチー・ジョーンズであった。
しかしこれは、本当にわかりにくい・・・。しかも営業時間もまたすごい。
金・土・日の3日しか営業していない。しかも蕎麦がなくなり次第終了だ。しかしそれで商売が成り立っているのだから期待が高まる。まだ開店まで30分あったので、車の中でその時を待った。
手打ち蕎麦処 あき津
何度も言うが、本当に普通の家だ。周りにはお洒落で高級な住宅が立ち並んでおり、異常なまでの静けさに包まれている。自分が住んでいる所とのギャップを感じずにはいられないジョーンズであった。
そして30分後、上品なお母さんが出てきて、「どうぞ」と店内へ案内してくれた。ついに長年気になっていた幻の蕎麦屋さんへ入る時がきたのだ。
店内は電灯をつけずに、窓から入る優しい陽射しを利用して明かりをとっていた。
クラシック音楽が流れ、壁際には重厚な本棚の中に難しそうな本が並んでいる。それを見て子供の頃、お金持ちの友達の家でご飯をごちそうになった時のことを思い出すジョーンズだった。
蕎麦のことには詳しくない彼だが、色々と食べたいので「梅の膳」というコースを注文した。
まずは「ごま豆腐」が運ばれてきた。写真ではわかりにくいが、かなり大きめで食べ応えがあった。これは嬉しい。豆腐も上の味噌も実に美味しく、蕎麦への期待を抱かせるのに十分だった。
次に「小皿6種盛り合わせ」が出て来た。かなり巨大な入れ物だ。こんな豪華な盛り合わせが出てくるとは思っていなかったジョーンズはちょっとビビったが1品ずつ、じっくりと味わって食べた。どれもいい味付けがしてあり、容赦なく耳に入って来るクラシック音楽と相まって、自分が貴族にでもなったかのような勘違いをするジョーンズであった。
そしてメインの「せいろ蕎麦」。かけ蕎麦とどちらかを選べる。最近スイーツを食べ過ぎているせいで、蕎麦ではなくモンブランに見えたジョーンズであった。
蕎麦の味の良しあしに疎い彼だが、今日は美味しい!と感じた。噛み応えがあり、いい香りがした。大盛りにしておいて正解である。あっという間に食べ終わった。
蕎麦湯をいただいた後は、締めのデザートに「ヨーグルトのプリン」が出て来た。ちょうどいいデザートだった。これにて「梅の膳」終了。
必死に探して来た甲斐があった。席数があまり多くはなく、駐車場も3台しか停めれないので、開店時刻の11時に予約をし、少し早めに到着しておくのがいいだろう。
電車で訪れるなら、阪急北千里線、南千里駅から徒歩で10分ぐらいだ。だが、ここにたどり着くのは困難を極めるかもしれない。この辺りは見事な桜並木が数多くあるので、桜の季節に迷いながらお店を探すのもまた風流であろう。
「うめちゃん、君のおかげだ。ごちそうさまでした!」
ジョーンズはその時に気づいた。
うめちゃんを家に忘れて来たことを。
「た、ただいま、うめちゃん。」
「あたい、蕎麦を食べていなくてよ。」
魅力的なリアビューで抗議するうめちゃんであった。
今日の1曲:The Yardbirds「幻の10年」