その昔、近所に「Sさん」という方が住んでおられました。
S家とがっち家は、お互いの子供たちが同年代だったこともあり、家族ぐるみで仲良くしていました。
特に良くしてもらったのがお母さん。
僕を「としちゃん」と呼び、とても可愛がってくれました。
僕の母が亡くなってからは、ますます気にかけてくれるようになり、よく料理やお菓子を家に届けてくれたりと、大変お世話になりました。
僕が家を出てからは疎遠になっていましたが、マイホームを建てよう、という話になり、土地を探していると実家のすぐ近くに空き地がありました。
その空き地がなんと、S家の真ん前だったのです。
結局その土地を購入。家を出てから随分の時を経て、今度は前に住む住人となりました。
お母さんも僕が引っ越してきた事を大変喜んでくれ、再び近所付き合いがスタートしました。
僕が子供の頃、Sお母さん特製の「マドレーヌ」が大のお気に入りだったのですが、子供特有の厚かましさで、大胆にもお母さんに対して直接、
「おばちゃーん、またマドレーヌ作ってや」
と要求していました。
その事をよく覚えていてくれて、すっかりおっさんになった「としちゃん」の為に、懐かしのマドレーヌを作ってくれました。
あれから大人になり、数々の名店のマドレーヌを食べまくり、かなり口が肥えてしまいましたが、やはりSお母さんの作るマドレーヌは特別でした。
美味し懐かしい!!
変らぬ味と、あまりの懐かしさに涙が出て来ました。
大人になり、奥ゆかしくなった僕はもう直接マドレーヌを要求することはしませんでしたが、本当はお母さんの顔を見る度にマドレーヌをリクエストしたい気持ちでいっぱいだったのです。
妻もお母さんと仲良くなり、昔と同じく家族のような近所づきあいが再びスタートしました。
隣人の顔も名前も知らない、という話を都会ではよく聞きますが、こうして子供の頃から良く知る人々が周りに居ることのありがたさを噛みしめていました。
しかしそれも長くは続きませんでした。
Sさん夫婦が高齢になり、体調を心配した娘さんが一緒に住むことを提案し、Sさん夫婦もそうすることに決めたのです。
同じ大阪府内で、そう遠くはない所なのですが、電車が通っておらず、近そうで遠い場所。
もうなかなか会うことは出来なくなりました。
Sお母さんの作る至高の一品。僕らが好きなのを知っていて、毎年贈って下さるのです。
そのお礼の電話をかけました。
久しぶりに聞くSお母さんの声は、長い間離れて暮らしている家族のように感じました。
その時に色々と話をしたのですが、その中でSお母さんが長年続けていた趣味の話になりました。
Sお母さんは「絵」を描くのが趣味で、もう何十年も絵画教室に通っていました。
今も変わらず足繫く通っているのだそうです。
そしてその「絵」の展覧会がもうすぐ開かれるというので、妻と一緒に行くことにしました。
「絵」を見るのはもちろん楽しみでしたが、やはり一番はSお母さんに会いたかったのです。
会場は兵庫県の「宝塚」。
宝塚歌劇団でおなじみ、関西きっての華やかタウンです。
車で向かったのですが、途中、間違ってフォルクスワーゲンのディーラーへ突っ込んで行くというトラブルを乗り越え、会場に到着。
すると、いきなり受付でSお母さんと再会しました。
久しぶりのSお母さんは以前と変わらず、凛とした佇まいの素敵な女性でした。
もうかなりのご高齢の筈ですが、僕なんかよりも遥かにシャキッとしています。
しばらく再会を喜んでから、会場を案内してもらいました。
この展覧会が思いのほか凄くて、ため息の出るような緻密な作品から、圧倒されるド迫力な作品まで、グイグイと引き込まれる素晴らしい内容でした。
でもやっぱり僕にとっては、Sお母さんの作品が一番でした。
マドレーヌやいかなごを初めとする、数々の大恩に対する忖度分を差し引いても、Sお母さんの絵が一番でした。
向日葵
by Sお母さん
上手だなあ。
なんだか僕も絵を描きたくなってきました(やめとけ)。
この絵の前でお母さんと一緒に記念写真を撮り、しばらく談笑してから会場を後にしました。
Sお母さん、元気そうで良かった!
来年も観に来るから、また頑張って絵を描いてね!
そして長生きして下さい!
ヤンキー映画を観た後、影響を受けて映画館から肩を怒らせながら出て来る少年のように、いろんな絵を観て、すっかりアーティスティックな表情になって会場から出て来たがっち画伯。
その画伯の目に、会場の向かいにある建物の姿が飛び込んできました。
こ、これは!?
手塚治虫記念館
宝塚で少年~青年時代を過ごした漫画界の巨匠、手塚治虫大先生の魅力が詰まった博物館。
正面玄関横で「火の鳥」が出迎えてくれます。
そして地面には、数々の手塚作品を彩った主要キャラクターの手形があります。
おおっ!「マグマ大使」の手形!
幼き頃、スーパーのおばちゃんにもらったマグマ大使第2巻。
1巻がないので出だしの展開がわからず、2巻がまたいい所で終わってしまい、その先の展開もわからず、という子供にとっては生き地獄のような時間を味わいました。
大人になってからやっと文庫版で完読できた、思い出のマグマ大使。
おばちゃんは何故2巻だけをくれたんだろうか?
未だ解明されない日本史のミステリーです。
こちらは名脇役「ヒゲオヤジ」の手形。と足形。と髭形。
こちらは「ハムエッグ」の手形。と足形。
・・・・・誰??
そして日本国民が選ぶ「診て欲しいお医者さん」不動のNo.1、
晩年、顔の傷にヒビケア軟膏を塗ったら傷が治ったという噂もあります。
こちらは手形ではなく、VIP扱いのプレート仕様です。
と、入口周辺をウロウロしているだけでも十分楽しめるので、このまま帰るつもりでした。
まあまあ高額な駐車場代も気になっていました。
ところが、展覧会の影響で「絵」に対して敏感になっていたがっち画伯。
気づいた時には入場券を買っていました。
やはり同じアーティストとして、大先輩の事は知っておかなくてはならない。
がっち画伯はそう思ったのです。
(誰かこいつを止めろー)
画伯、入館!
中にはたくさんの方がいましたので、あまり写真は撮れませんでしたが、こんな感じで3階に渡ってたくさんの展示があり、漫画好きにはたまらない世界です。
先生、勉強させていただきます!
圧巻の年表。これを見るだけでも巨匠の凄さがわかります。
カプセルの中には貴重なコレクションの数々。
特別展示は「リボンの騎士」。
「あんな少女漫画なんか見てたまるか」と同級生の前では言いながら、家で熱心にアニメを観ていた少年時代の闇を思い出させてくれます。
ちなみに「ラ・セーヌの星」も隠れて観ていました。
サファイア姉さんは宝塚の名誉市民に選ばれたそうです。
他にも手塚先生の漫画が読み放題の図書コーナー(1日中いてられる)を初め、様々な楽しい展示がありましたが、がっち画伯の画家魂(え!?)に火をつけたのが、
アニメ工房
ここでは実際に絵に色を塗ったり、絵を動かしてみたりと、アニメーションが作られる過程を学ぶことができます。
アトムを日焼けした精悍な南国仕様に色付け。
背景を入れます。
でもこのアニメ工房最大の売りは、
「自分で描いた絵を動かすことが出来る」こと。
おもむろに白い紙を渡されます。
そして「自由に絵を描いてください」と言われます。
う~ん、いきなり絵を描けと言われても、何を描いたらいいのかわかりません。
とりあえず本能の赴くままにペンを走らせました。
な、何だこの絵は・・・!?
車なのか、UFOなのか、新種の生物なのか。
現時点で特定は出来ません。
動きを付ける為にもう1枚描きます。
更に何者なのか特定出来なくなりました。
スタッフの方に絵を渡し、機械に取り込んでもらいます。
再生。
もう1度。
なるほど、アニメはこうして出来上がるのか。
納得すなっ!!こんな絵で。
これは初級編なので2枚の絵だけで動きを付けているのですが、上級編だと5枚使うのでもっとリアルにアニメっぽい動きを表現できます。
しかし今日は何故か上級編には対応してませんでした。
僕の絵にこれ以上動いてほしくなかったのでしょうか?
うむ、そうに違いない。
まあでも楽しかったからええわ!
最強にドヤ顔のチンク君に見送られて、満足気に会場を出ました。
もっと時間があればゆっくりしたかったです。
手塚先生、ありがとうございました!
崇高なる手塚治虫記念館に今世紀最大の「迷画」を残したがっち画伯。
帰り道、何やら一人でブツブツとつぶやいていました。
「帰ったら、私もそろそろ準備に取りかかるか・・・。」
な、何の!?
「来年の展覧会に向けて。」
誰か早く止めろー!
今日の1曲:コール東京「マグマ大使」