がっちの航海日誌

日々の些細な出来事を、無理やり掘り下げます。

チョコに向かって背伸び(前編)

僕はどうやら来てはいけない所へ来てしまったようだ。人には身分相応というものがあり、その一線を越えてしまうと普通の状態ではいられなくなる。そして今、僕は確実にその線の向こうにいる。だが、もう遅い。遅いのだ。引き返すわけにはいかない。

人はこういう場面に遭遇した時、何かと卑屈になりがちだが、思い切って開き直ることも必要なのだと、街の風景に溶け込んでいるのかどうかよくわからないこの塔が背中を押してくれた。

f:id:gatthi:20210123194134j:plain「私もかつてはエッフェル塔や東京タワーと比較され、この変なデザインのせいで批判を浴びたことがある。ところがどうだ。今や京都といえば、京都タワー。世界の人々が京都へ降り立った時、まず目にするのは五重の塔や金色の寺ではない。この私の微妙な姿なのだ。開き直った結果、私は京都のシンボルとして崇められる存在へと上り詰めたのだ。だから君も自分を信じ、そのまま突き進めばよい。」

そう、僕は今京都にいる。そして世界のセレブたちが集うとんでもないイベントに参加しようとしていた。

僕のようなしがない労働者が、何故こんな所へ来てしまったのか?それは数日前の、会社の同僚との何気ない会話がきっかけだった。

会社の同僚、通称もっくん。30歳の独身男性だ。一人暮らしをしていて毎日仕事の帰りにスーパーへ寄り、その日の献立を考える。そして自炊。無類のスイーツ好きとしても有名で、その女子力の高さは他の追随を許さない。スイーツの中でも特に「チョコレート」への造詣は深く、「歩くチョコ食べログ」と呼ばれるほどの知識の豊富さを誇っている。最近、その彼と同行する機会が増え、よく二人で食べ物の話をしていた。

「私、毎年この時期になると楽しみにしているイベントがあるんですよ。サロン・デュ・ショコラというチョコレートのイベントなんですけど、チョコの世界大会で優勝したようなレベルの高いお店が一堂に会する凄い空間なんです。」

へえ~、そんなものが毎年開かれているなんて、知らなかった。でもそういうチョコはとんでもなく値段が高いということだけは僕も知っていたので、自分には縁のない世界だな、と思っていた。ところが、彼の熱い話しぶりを聞いているうちに、だんだんと興味が湧いてきたのだ。彼曰く、こういうチョコレートはスーパーで売られている大手メーカーの量産品とは全く別の食べ物であること、その一粒一粒に職人さんの想いや技術、こだわりが全て投入されており、だから値段が高いのも仕方ないこと、自分の好みのチョコに出会った瞬間の忘れえぬ感動、そんな話を聞いているうちに、自分もその世界を見てみたい、という気持ちが雪だるま式に膨らんでいった。そして僕が彼に最も「本物」を感じたのが、次のような一言だった。

「でも私、一番好きなのはマーブルチョコなんですけどね。」

ここまでチョコレートを知り尽くした男がマーブルチョコを好きだと言い切ってしまう、この凄み。とかく高級品にこだわる人間はジャンキーなものを見下す傾向があるものだが、彼は違う。彼はきちんと世の中全体を見て、それを評価する確かな目を持っている。そう思った時にはもう、僕の決心は固まっていたようだ。

「自分も行ってみよう。その『サロン・デュ・ショコラ』とやらへ。」

日本では毎年冬に全国の伊勢丹で行われているというこのイベント。フランス大使館が後援していることからもその格式の高さがうかがい知れる。本家のフランスでは新型コロナの影響で中止になったようだが、日本では無事に開催できる運びとなった。関西では京都の伊勢丹で1月20日~2月14日まで行われている。バレンタインが近づくと人が多くなるのを見越して、開催日から最初に迎える週末に行くことにした。

しかしいつものお出かけのように気楽には行けない。まず体全体からにじみ出ている労働者臭を少しでも隠すべく、できる限りのシュッとした服を選び、身にまとった。

そして財布だ。こちらは完全武装で臨まなくてはならない。僕の財布の中は、平常時には多くの野口先生に支配されている。たまに切り札として樋口先生が鎮座している時もあるが、ごく稀だ。しかし今日はこの戦力では持たないだろう。どうしても「あの方」の力が必要だ。

福沢先生、よろしくお願いいたします!

f:id:gatthi:20210124111707j:plain「うむ、今日は私に任せておきたまえ。命を賭して極上のチョコレートを手に入れてみせよう。」

福沢先生からの大きなバックアップを得て気持ちまで大きくなった僕は、意気揚々と京都へ向けて出発しようとした。ところが・・・

外は無情の雨が降り続いていた。

冷たい雨だ。僕が出かけようとするのを拒んでいるかのようだ。ただでさえ、緊急事態宣言が出ている中で外出をすることに対して迷いが生じていた上に、この雨。心が折れそうになった。しかしこの無謀な計画に対し、妻が寝不足の中無理やり起きて準備をしてくれている。これは行かねばなるまい。妻には感謝したい。なにか素敵なチョコを買ってあげようと思った。

電車で約1時間、久しぶりのJR京都駅に降り立った。かつて駅を埋め尽くしていたインバウンドたちは姿を消し、1年前には考えられなかったぐらい閑散としていた。イベント会場はどうだろうか?伊勢丹に入るとすぐにイベントのパネルが目に飛び込んできた。

f:id:gatthi:20210124121127j:plain期待に胸が高鳴る。

f:id:gatthi:20210124121348j:plain京都駅の名所、大階段。これを10階まで登った先に「サロン・デュ・ショコラ」の会場がある。緊張で足がすくむ。

f:id:gatthi:20210124122245j:plainそしてついに到着。消毒と検温を済ませ、聖域へ一歩、足を踏み入れた。

そこは思っていた以上に、きらびやかな世界だった。通路の両側に立ち並ぶ宝石のようなショーケース。色とりどりのチョコレートが鮮やかな光を放っている。人の数は、まだそれほど多くはない。まだ午前中であること、バレンタインには早いこと、コロナ禍であること、そして雨。狙い通りに人出は少なめだ。しかしそれでも、各ブースには熱心にチョコを買い求める女性の姿が見られる。とにかく女性率が高い。僕のようなおっさんはほとんどいない。もっくんはこの中を野郎一人で乗り込み、戦利品を引っ提げて帰って来るのか。何という勇気のある行動であることか!感服せざるを得ない。

それにしても眩しい。眩し過ぎて目がクラクラしてきた。やはり僕が来る所ではなかったようだ。チョコから放たれるあまりにも鮮やかな光に平衡感覚が失われようとしていた時、あるブースが目に留まった。

f:id:gatthi:20210124124129j:plain会場内で唯一のイートインである、かのエスコヤマ」の「カカオ&ミルクキャラメルスムージー」だ。

f:id:gatthi:20210124124443j:plain兵庫県三田市の雄、「エスコヤマ」。関西人なら知らぬ者はいない、超有名ケーキ店だ。僕も以前は三田へよく遊びに行く会社の同僚におねだりし、小山ロールをよく買って来てもらった。自分で行ったことはない。チョコレートの分野でも超一級で、この会場でもブイブイ言わしていた。一旦ここへピットインし、態勢を立て直すことにした。1杯600円か・・・。マックシェイクが何杯も・・・いや、そんな野暮なことは考えてはいけない。

f:id:gatthi:20210124124900j:plain選挙の投票所のような仕切りの中で激旨のスムージーを堪能した。美味しいキャラメルソースのかかったミルクの下からあふれ出すカカオのスムージー。場違いな空気感に戸惑っていた僕を、このスムージーが救ってくれた。この後の僕の表情はすっかりサロン・デュ・ショコラの常連」のようになり、ふふんと会場内を堂々とした足取りで闊歩し始めたのである。今思えば凄まじい勘違いである。

この勘違いという鎧を身につけた僕が最初に向かったのは、もっくんから聞いていた京都・福知山のお店のブースだった。本日最大の目的と言ってもいいだろう。

f:id:gatthi:20210124130831j:plain洋菓子マウンテン

チョコレートの世界大会「ワールドチョコレートマスターズ」の2007年パリ大会において見事に総合優勝を果たしたという、水野直己シェフが手がけるお店である。その時の受賞作である「杏と塩」を手にいれること。まずはこの最大のミッションを果たした。

f:id:gatthi:20210124131914j:plain「杏と塩」は高級感溢れる箱に長方形のチョコが5粒入っていた。ここで労働者の悪い癖が出てしまう。

これは一粒いくらするのだ?

野暮な計算の結果、

チョコ一粒の値段 > のり弁当の値段

うわああーっ!いいのか、こんな買い物をしても。

「今日はよいのだ。行け、若者よ!」

福沢先生、早くも投入。

この瞬間、僕の中で何かがはじけ飛んだ。

この後、次々と各ブースを荒らしまわった。

f:id:gatthi:20210124134032j:plainパティスリー・アキト

こちらももっくんから話を聞いていた神戸・元町にあるお店だ。だがここではチョコを売っておらず、「ミルクジャム」なるものを前面に押し出していた。もっくんから聞いていたのも正にこの「ミルクジャム」だった。しかし僕はミルクジャムがどういうものなのかを全く知らない。だからすごく楽しみにしていた。ノーマルの物と、「ピスタチオ」を購入。うーん。不思議だ。チョコレートのイベントなのに何ゆえにこのお店はチョコを売っていないのだ。まあいいだろう。

次は芸術と美食の国、フランスへと攻め込んだ。

f:id:gatthi:20210124135028j:plainセバスチャン・ブイエ

フランス・リヨンに本店を構える有名店。関西では阪神百貨店にもお店がある。妻のリクエストで立ち寄った。

f:id:gatthi:20210124135854j:plainさすがのフランス、と思わせる華やかさだ。とりあえず妻が所望した可愛らしい小さな4つ入りのタルトを購入したが、もう一つ、奇妙なブツが目に留まった。

f:id:gatthi:20210124140204j:plain口紅を模したチョコレートだ。模した、というにはあまりにもリアルで口紅にしか見えない。またそんなインスタ映えを狙って・・・と思いながら、今日付いて来てくれた妻へのプレゼントに一つ購入することにした。

f:id:gatthi:20210124140735j:plain左から2番目の「木いちご」を購入。

次はフランス南部へ進攻する。

f:id:gatthi:20210124141044j:plainショコラトゥリー・ドゥ・マリュー

この長い名前。会場を出るころにはもう忘れているだろう。フランス・サヴォア地方にある100年以上続く老舗だ。日本では店舗はなく、神戸・岡本のラクソン社が輸入して販売しているらしい。

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ここでは レトロなデザインの缶に入った大きなかけらのチョコレートを2缶購入。

財布の中の戦力がどんどんそがれてゆく。

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f:id:gatthi:20210124182422j:plainこのカヌレも非常に美味しそうだったがブレーキをかけた。

次にショコラ大国ベルギーのお店を急襲。

f:id:gatthi:20210124182653j:plainマレーン・クーチャンス

ベルギー・ゲントにある革新的なチョコ職人のお店だそうだ。ブースも一際華やかで、かなり目立っていた。

f:id:gatthi:20210124183607j:plainカラフルな彩りが印象的なチョコの中で特に目を引いたのが、「5羽の南国の鳥」

f:id:gatthi:20210124184132j:plain写真ではわかりにくいが独特の色彩で異彩を放っていた。右から2番目のトサカが立っている鳥が、高校時代に愛聴していたバンド「X」のヴォーカル「トシ」に似ていたので気に入り、購入。今も名作「Blue Blood」はたまに聴いている。

f:id:gatthi:20210124185007j:plainここで、力尽きた。もう財布の中にはこれ以上戦える戦力は残っていなかった。

福沢先生がその命と引き換えに手に入れて下さった珠玉のチョコレートの数々。

それはまた次回、ゆっくりと紹介させていただくことにしよう。

今日はもう、精根尽き果ててしまったようだ・・・。アディオス。

(後編に続く)

 

・・・この小説のようなタッチで文章書くの、

めっちゃ肩凝る~っ!!

それではまた来週!

今日の1曲:イルカ「雨の物語」