がっちの航海日誌

日々の些細な出来事を、無理やり掘り下げます。

忍び寄る、スマホの足音

「ドキュメント 目撃!ニッポンの闇」

人間社会は、多数を占める意見によって機能している。多数決などというあからさまな言葉もあるぐらいだ。だが世の中には、ごく少数の考えを持つ人々も確実に存在する。それら少数派の人達は異端児とされ、意見を述べる機会を奪われ、時には理不尽な迫害を受けることもある。今日はそんな陽の当たらない世界で肩身の狭い思いをしながらも、賢明に生きようとする一人の男性にスポットを当ててみようと思う。

 

大阪府在住の会社員ガッチさん(仮名)47歳。

彼はある悩みを抱えていた。それは、約10年に渡って愛用してきた折り畳み式携帯電話、いわゆるガラケーの調子がいよいよ悪くなってきたのだ。時計を持たない彼にとって、ガラケーのサブ画面が時計代わりであった。しかし数日前、突然サブ画面に時刻が表示されなくなり、おかしな模様が浮かび上がるようになってしまったのだ。

時計は必要だ。通勤時、電車の到着時間に合わせて歩くスピードを調整しなくてはならない。結局この問題は、自宅に眠っていた、昔スーパーのスタンプシールを貯めて手に入れた腕時計を復活させることで解決されたが、彼の心配はもっと大きな方向へ向かっていった。

遂にスマホに変える時が来たのか?

彼にとってのスマートフォンは、「悪しきもの」であるという。

ながらスマホによる事故は後を絶たない。姿勢も悪くなるし、睡眠の質も悪くなるという話もある。そして何より彼が嫌いなのは、よく街で見かける光景である、という。

子供が必死に親に向かって話しかけているのに、親はそれを無視し、スマホをいじるのに夢中になっている、あの光景には心底怒りを覚えるのだそうだ。

そしてまた彼にとってのスマホは、「悪しき新興宗教であるという。

電車に乗った瞬間に目に飛び込んでくる異様な光景。乗客のほぼ全員がスマホを取り出し画面をスクロールさせまくる。これが彼の目にはスマホに洗脳された信徒」のように映るのだそうだ。確かにそうかもしれない。スマホがなければ生きていけないかのような表情を浮かべながらいじっている人々は多い。

彼はいつも通勤電車の中でこの光景を見ながら吐き気を催し、それを抑える為にウォークマンヘヴィメタルを聴きまくっている。特にテンポの速い曲を聴いている時にはヘッドバンギングで隣の人のスマホを叩き落としそうになることがあるそうだ。彼は彼で、色々と深い闇を抱えていそうである。

ガッチさんは言う。

「私がもしタイムマシーンを手に入れたら、真っ先にスマホを開発中のスティーブ・ジョブズの元へ飛んで行き、開発をやめるように説得するだろう。スマホが世界に与えた悪影響を話せば、彼ならわかってくれるはずだ。」

彼がそこまで言うのには、理由があった。

auから頻繁に脅迫めいたダイレクトメールが届いていたのだ。

「お客様の機種は2022年3月31日をもって、お使いいただけなくなります。」

「お早めの機種変更をお願いします。」

「お急ぎください!」

「機種変更は早いほどお得です。」

「長らくのご愛顧に感謝を込めて無料交換機種をご用意いたしました。」

 

え?無料?

その時、彼が一瞬見せたその表情を、我々は見逃さなかった。

もしかするとガッチさんは、スマホの機種代金が高いのが嫌でスマホを拒み、嫌いなフリをしているのではないか?スマホを触ったことがなく、「食わず嫌い」なのではないか?その疑問をぶつけてみると、彼は意外な物をポケットから取り出した。

それは、1台のスマートフォンであった。

「食わず嫌い?とんでもない。僕は食って嫌いになったんだよ。これは会社のスマホでね。前はガラケーだったんだけどこれに変わってからストレスが半端ないんだよ。使いにくいし、着信音も変な音しかないし、GPSで動きは監視されるし、知らぬ間にいろんな人に電話をかけてしまっているし、何もいいことがないよ。」

そうか。使ってみて駄目ならばしょうがない。もう我々がどうこう言う余地はなさそうだ。彼のような「スマホ難民」は世界にどれだけいるのだろうか。我々は彼らのことを気にも留めず、スマホの便利さにただただ酔いしれ、スマホを四六時中持ち歩き、スマホに操られているのかもしれない。そんな気もしてきた。

だがガッチさんはこんなことも話していた。

「ただね。今は誰もがLINEをしているだろう?僕はバンドを組んでいるんだけど、例えばバンド内で連絡しようとした時に、僕のせいでわざわざEメールで送ってもらわないといけない。それは本当に申し訳なく思っている。僕がスマホにするだけで解決できるのにね。辛い話だよ。」

そこにはスマホへの嫌悪感と仲間への想いの間に揺れ動く、彼の心の葛藤が垣間見えた。

世が5Gへ移行している時代に3Gを使う男性。このように時代に取り残されてゆく人々に対して、社会はもっと優しい目を向け、手を差し伸べるべきではないだろうか?

もう使えなくなる、と言って機種変更を迫るだけでは、スマホ難民問題は解決しないだろう。

取材を終え、帰路につく電車に乗り込んだガッチさんを見送りながら、我々は何とも言えない切ない想いに苛まれた。そして陰ながら、彼の幸せを祈らずにはいられなかった。

 

しかし電車の席に座り、彼がカバンから取り出した冊子を我々は見てしまった。

それは・・・・・

 

スマホ無料交換機種のカタログであった。

 

あの男、あれだけ言っておきながら近々スマホに変えるな・・・。

これが我々番組スタッフ一同の一致した見解である。

これからも彼の動きを追跡し、取材を続けようと思う。

 

今日の1曲:中島みゆき「時代」