我が先祖の故郷、福井県には、「鯖(さば)の浜焼き」という偉大な郷土料理があります。
これはただ鯖を焼いているだけではありません。
鯖を丸々一匹、恐ろしく太い串で串刺しにするというヴァイオレンスな一品です。
鮎や岩魚などの小さい魚を串に刺すのはわかりますが、鯖というまあまあ大きな魚を串に刺すというインパクトたるや、お土産屋さんでよく見かける巨大なご当地ポッキーよりも強烈です。
脂ののった鯖の身をほぐしながら食べる時の幸福感は、他の魚料理にはない満足感。
切り身とは違い、凄い身の量なので、鯖の世界にどっぷりと浸れます。
食べ終わったころには鯖が自分に乗り移ったような気さえしてきます(効果には個人差があります)。
特に京都への「鯖街道」の起点である「小浜市」の浜焼きは絶品中の絶品。
小浜市は、がっち家先祖代々のお墓がある所なので、お墓参りに行けば必ず鯖の浜焼きを買って帰ります。
アメリカの大統領がオバマさんだった頃は、同じ名前ということでここぞとばかりに乗っかりまくり、「オバマまんじゅう(おばまん)」という怪しげなお土産が脚光を浴びていましたが(これけっこう美味しいんですが)、やはり小浜市といえば「鯖の浜焼き」。
小浜市の公式キャラクターも「さばトラななちゃん」です(目つきが悪い)。
(イメキャラブックより)
この鯖王国・小浜市の至宝たる鯖の浜焼きを大胆にも「そうめん」に投入した
「焼鯖そうめん」なるものが、お隣の滋賀県長浜市に存在するという驚くべき情報がもたらされました。
そんな事を聞いて鯖王国のプリンス、サバスッキャネン・ガッチが黙っているはずがありませんでした。
「おのれ長浜市。我が小浜市の至宝を勝手にそうめんに使うなど、失礼千万。
鯖を洗って待っておれ!吾輩自ら食べに行ってくれるわ!」
怒りに燃えるサバスッキャネン王子。大阪の城から二万の軍勢を率い・・・ずに、妻と二人で長浜市へ攻め込みました。
羽柴秀吉公、初めてのマイホーム。小さいながらもビシッとまとまったカッコいいお城です。
その三成公が長浜駅前にたたずんでいます。
「貴様か、鯖の浜焼きを勝手にそうめんに入れたのは!その穴から顔を出してやろうか!」
顔を出したかっただけのプリンス。三成公は無実です。
プリンスはまず、敵地の視察を始めました。長浜へ来るのは初めてだったのです。
和と洋が絶妙に調和した風情のある街並みに、プリンスは感銘を受けました。
「う~む。とてもいい国ではないか。そんな暴挙を行うようには思えないのだが。」
観光客で溢れることもなく、落ち着いた雰囲気をプリンスは気に入りました。
「不思議なものだな。この建物なんて、大阪にあればラブホテルにしか見えないだろうが、ここでは非常に高貴な建物に見えるぞ。」
ぐるりと町を一周し、プリンスは遂に戦場へと向かいました。
観光客の数が増えてきました。
「近いな。鯖の匂いがするぞ。」
すると・・・
「出たな!狼藉を働く不埒者め!長浜名物だと!?使われているのは我が小浜の鯖たちではないか!」
翼果楼(よかろう)
「焼鯖そうめん」を初めとする長浜の郷土料理を提供する超人気店。
この日も10時30分の開店時間よりも前から人々が並んでいました。
築200年の商家をリノベした店構えも重厚感があります。
「我こそは鯖王国・小浜の王子、サバスッキャネン・ガッチである!速やかに開門せよ!」
「お客様、列の最後尾へお並びください。」
「はい。」
おとなしく列に並んだプリンスの目に、衝撃的なものが映りました。
「むむっ!ショーウィンドウの右端にあるのは、小浜から拉致された鯖の浜焼きではないか!何というむごい事を・・・。今少しの辛抱じゃ。待っておれ!」
その後、開店時間になるとそれほど待つこともなく、スムーズに中へ侵入することが出来ました。
「いざ、討ち入りじゃあっっ!」
中も外観同様、とても重厚な雰囲気があり、素敵てきてきムテキングです(古っ!)。
急な階段を登り、部屋へたどり着きました。
実にいい感じです。
「どれどれ、メニューを見てやろう。」
「こ、これが焼鯖そうめんか!美味しそ・・・や、野蛮な!しかも堂々と福井県小浜市と書いておるではないか!更にそうめんは三輪から拉致してきたのか。許せん!」
「お客様、お決まりでしょうか?」
「はい、鯖街道の焼鯖寿司付きを2つ、お願いします。」
当初は焼鯖そうめんだけを食べる予定だったプリンスですが、焼鯖寿司に目がくらんでしまいました。
そしていよいよ、プリンスと哀しき鯖の対面の時がやって来ました。
鯖街道(焼鯖寿司付)
「うおおーっ!なんて美味しそ・・・野蛮な料理だ!」
その時、焼鯖そうめんの鯖がプリンスに気づきました。
「もしや、あなたは・・・サバスッキャネン王子では!?」
「いかにも。そなたたちを助けにやって来たのだ。」
「身に余る光栄にございます。されど王子。私達も長浜へ連れて来られた時は絶望しかありませんでしたが、今は焼鯖そうめんの一部になれることに誇りを感じております。とにかく絶品ですので、是非ご賞味くださいませ!」
「そ、そう?じゃあいただきます。」
美味いっ!!
小浜が誇る鯖の浜焼きを地元・長浜の甘辛い醤油だれでじっくりと煮込み、三輪そうめんと合体する最強コラボ!
ムテキンパーンチ!(もうええっちゅうねん。誰もわからん。)
焼鯖を相当な時間煮込んであると見えて、骨まで柔らかく、ガブッと丸々食べれます。
「これは本当に絶品だ!このようなものは食べたことがない。比類なき逸品だ。
この素晴らしい料理に我が国の精鋭たちが一役買っているとは・・・。
私は長浜を誤解していたようだ。鯖たちも生き生きと躍動しておるわ!
和解だ!和解するとしよう!」
プリンスは一方的に長浜を敵視した後、一方的に和解を宣言し、他の料理を食べ始めました。
「焼鯖寿司が美味いのはわかっておる。わかっておるが、その上をいく美味さだ。
そなた達、鯖こそが小浜と長浜の平和の懸け橋。サバダバ親善大使に任ぜよう。」
プリンスの言っていることがだんだんわからなくなってきました。
それだけ美味しかったのでしょう。
お吸い物の中でも鯖っぽい蒲鉾のような謎の物体が気持ち良さそうに泳いでいました。
「ごちそうさまでした!ところでお主ら、我が小浜国と和平を結ばないかね?」
「鯖街道の焼鯖寿司付きをお2つですね。4000円になります。」
「はい。」
疑惑の焼鯖そうめんが思いのほか美味しく、長浜への誤解も解け、小浜の鯖への愛情がより深まったサバスッキャネン王子。
この後、色々な長浜の観光スポットを巡り、長浜を出る頃にはすっかり長浜フリークになっていました。
そして自身に課された「鯖王国の威信を守る」という使命に身が引き締まる思いで琵琶湖を眺めていました。
しかしプリンスには、小浜国民に秘密にしていることがありました。
彼はなんと、
もう3年以上も小浜へお墓参りに行ってなかったのです。
コロナ禍だから、と言い訳をして大阪から出れないような素振りをし、そのくせ岐阜県へは頻繁に遊びに行っていたプリンス。
鯖恋し 今年は行くなり 墓参り
プリンスの一句が空しく琵琶湖の水面に響いていました。
「今年は絶対来いよ、ワレ。」
ななちゃんもお怒りです(目つきが悪い)。